米国電子出版動向 2015 【セミナー備忘録】

(1)変わる編集者像

(個人用のメモです。議事録ではありません。記事中の図画はプレゼン公開資料を使用しています)

・米国電子出版動向 2015 http://www.jepa.or.jp/sem/20150910/
・プレゼン資料 http://www.slideshare.net/JEPAslide/2015-52610643

■概要
急速に進化する米国の出版業界における「読者層のニーズを迅速に把握する手立てと新しい収益モデル」を紹介。再編ラッシュが続く米国で見聞きした多様な視点と優先順位は、日本で出版業界が直面する課題の解決に役立ちます。
(毎年、たいへんご好評をいただいている米国市場報告の2015年版です)

■講師 辻本 英二 氏 (デジタルタグボート株式会社 代表)
■内容

・Book Expo America2015 / IDPF DigitalBook2015 報告
・購買層の実像把握とその方法
・ワンソース・マルチウィンドウ(販売窓口)事例
・米国式出版社、取次、書店のサバイバル戦略
・米国で存在感を増す中国の電子出版動向
・著者が使い分けるセルフパブリッシング
・世界で最も急成長しているメディアプラットフォームとは
・出版業界のコンテンツマーケティングの役割

○100枚を超すプレゼン資料。2時間弱の、もりだくさんのご講演でした。3点、面白かった項目に絞って、メモメモ。

変わる「編集者」像

McGrraw-Hill Educationが編集者募集でかかげたスキルの一覧(2015年9月)を見ると、いま出版業界で何が起きているか、コンテンツ企画のやりかたやさらにコンテンツを届ける経路がいかに劇的に変化してきているのかがわかる。

・他社との戦略的パートナーシップを推進できる編集者
・事業計画が書け、P/Lが読める編集者
・少なくとも1~2年間のM&A経験がある編集者
・著者との印税を含めた契約締結が行える編集者(1年間に12人)
・著者&ソフトウェアエンジニアと親密に仕事を進められる編集者

書き物のコンテナが紙であろうと、epubであろうと、その内容にふさわしい読者に届けられなければならないのが共通した課題。そのためには「読者」が誰であるかを知らなければなならない。

この課題解決をめぐる環境が大きく変わったことが、編集者像の変化の背景にはある。

 

「読者カード」とクラウド上のデジタルデータ

新刊を出したとき20世紀であれば、まずは売り部数が世に受けれいてもらえる内容であったかどうかを判定する唯一の手段。そして誰が買ってくれたのか、ユーザーは誰なのか、企画段階で想定した通りだったのかは、「読者カード」くらいから忖度するしかなかった。

21世紀の革新企業アマゾンの強みは、購買履歴からユーザーとユーザーが購入した商品が何であるかを紐づけて知っていることだ。さらに、それらデジタルデータを高度な分析手法(協調フィルタリング)を使うことで、ユーザーに適切な「レコメンド」ができることだ。

オンラインで小売りをやっていると、デジタルデータとして購買履歴や購入者属性データが手に入る。これがもつ意義、重要性はようやく最近になって気づかれるようになった。

 

我々の読者は誰なのかを知る意味、意義

同じ小売りでもデジタルサービスを提供している場合、ことはさらにシンプル。書き物は多品種。だから多様なデータと高度な分析力を持っているアマゾンでも、買いに速結する「レコメンド」はなかなかむずかしい。

しかしデジタルサービスを提供している、それもプラットフォーム運営を行っている米国企業にとって提供している商品・サービスは少品種で、しかもユーザー属性、ユーザー購買履歴のデジタルデータは手中にある。彼らは買いに速結する「レコメンド」が可能だ。

それが「書き物」であっても。

 

紙の雑誌、創刊ラッシュ?

つまり「我々のユーザーは誰なのか」がわかっていれば、そのユーザーが必要としているコンテンツを雑誌にパッケージして届けることはたやすいことだ。ここで「たやすい」は「在庫リスク」を気にせずにおこなえる」、という意味になる。

読者が居そうなところに投網をするような形で雑誌を流通させても「売れない」。もううんざりするくらい。日米の出版人には当たり前、周知の事実だ。

しかし「デジタルデータ」がこの様相を一変させた。ネットが第二の自然になり、社会のあたりまえのインフラになり、さらにモバイル端末が普及し、クラウドにデジタルデータが集約、格納されるようになった。(この意味、意義を少なくともMcGrraw-Hill Educationはすでに知っているのだ)

その結果デジタルサービス企業はサービスのユーザーを「読者」にすることができる素地、潜在的能力を保有するにいたった。プラットフォーム運営をしているデジタルサービス企業なら、だが。

そこでは、コンテナが紙か電子かは届ける情報に即して決定することになる。紙の表現力はいまのところ、電子より上だ。「在庫リスク」がコントロール可能であれば、無理に電子にする必要はないではないか。

そういって、続々と米国のデジタルサービス企業が「紙」の雑誌の創刊を始めている。

負けてはいられないと、雑誌出版大手6社が共同で雑誌のサブスクリプション・サイト、「Next Issue」をスタートさせた。プラットフォーム事業へ進出を始めたのだ。

そしてもうひとつ。ディズニーも従来から行っている出版活動を(米国に関して)自前に切り替えた。従来はマクミランに委託していたものを自社ブランドに変更、力を入れ始めている。

デジタルデータの活用は書店でも必死の模索が続いている。下記はBarnes & Noble Booksellers Union Square店の事例。

本を買ったユーザーへ渡すレシートには、購入した本と同じジャンルの「レコメンド」情報、facebookへ「いいね」してね、店舗内喫茶店への誘導文言が印刷されている。

こういった動向を象徴するのが、米国の大手出版社が求めている人材像の変遷、だというのが辻本氏の指摘。

2015年、求められる人材とはデータ・サイエンティストであり、リサーチ・サイエンティストなのだ。そしてここ5年間に登場した、出版業界における新しい職能に共通しているのは、IT、情報通信分野での知見、ノウハウ、経験値。

 

SM経由で雑誌は売れていく

なにしろいまやソーシャル・メディアが、雑誌の宣伝・流通パイプとして主役になろうとしている社会環境にある。

いいねやツウィート、フォローを得られた雑誌についてのソーシャル・メディア勢力図は下記のとおり。ストックベースではfacebookに軍配。ただし成長性では他のメディアにも注目しておきたいところ。

さらに雑誌の分野ごとに見ると、得手不得手もありそう。たとえば旅行雑誌はInstagram、技術、自然科学系はGoogle+ など。

(もっと詳しい情報が欲しい方はこちらをどうぞ Magazine Media Factbook 2015 | MPA http://www.magazine.org/insights-resources/magazine-media-factbook-2015

 

→2.隆盛が続く米国の自己出版